VESICA PISCIS MAGAZINE
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ファズ・ストームの系譜 ―吹き荒れる爆音・轟音。脳に直接コンタクトするシューゲイズの真髄。

ファズ・ストームの系譜

はじめに

2013年にMy Bloody Valentine(マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン)をSTUDIO COASTで目撃した。1曲目「I Only Said」を生で聴いた感動は今でも忘れられない。
しかし、それよりも強く記憶に刻まれたものは、あの常軌を逸した“爆音”である。
今となっては有名な話だが、彼らは大きすぎる音量で観客が耳を傷めないようにイヤープラグ(耳栓)を事前に配布する。
My Bloody Valentineは全体的に他のバンドより大音量ではあるのだが、主に「You Made Me Realise」の終盤にある“ノイズ・ビット”対策でこれを行っている。
因みに“ノイズ・ビット”とは、大音量で周波数の変化しかない間奏部分の事で、この大音量のノイズが曲の途中で10~20分続く。どのくらいの大音量かと言うと、着ている衣服が音だけで振動し、腹部には低音が重く響く。巨大な扇風機の前に立ち、超強風を全身で耐えるような感覚に近い。

何人が同じ事をしたか解らないが僕はこの時にイヤープラグを外した。結果として翌々日まで頭痛と耳鳴りが続き体調不良になったわけだが、シューゲイズを表現する際に頻繁に用いられる“轟音”“爆音”とは一体何なのかを実際に体感し、理解する事が出来たのだ。

My Bloody Valentine "You Made Me Realise"

ファズ・ストームとは何か?

シューゲイズ(シューゲイザー)を定義する時に必要不可欠な要素はノイズである。
このノイズをシンセサイザーでは無く、ギターにファズをかけて爆音・轟音で掻き鳴らすスタイルをファズ・ストームと言う。
シューゲイズはオルタナディブ・ロックのサブジャンルとして誕生したが、90年代のオリジネーター全てがノイズを特徴としていたわけではない。
ファズ・ストームはThe Jesus and Mary Chain「Psychocandy」My Bloody Valentine「You Made Me Realise」「Isn’t Anything」を原点としたスタイルである。

Skywaveと00年代シューゲイズ・シーン

近年はドリーム・ポップが大豊作で、”ノイズ”と言う今となってはありふれた表現についてフィーチャーされる事は少ないが、その系譜は脈々と進化を繰り返しながらアンダーグラウンド・シーンに息づいている。
そして、ファズ・ストームを語るにはまずSkywave(スカイウェイブ)の話をする必要があるだろう。

シューゲイズ・シーンにおいても最重要バンドであるSkywaveは、1995年にオリヴァー・アッカーマンとポール・ベイカーの2人がバージニアで結成。まもなくギタリストのジョン・フェドウィッツが加わり1998年に「Took The Sun」をリリースする。シューゲイズ・ファンからカルト的人気を獲得した。名盤「Synthstatic」を残してバンドはオリヴァーのニューヨーク移住により活動を停止。その後はそれぞれが新しいプロジェクトを立ち上げる。

Got That Feeling

オリヴァーはブルックリンでハンドメイドのブティック・ペダル・ブランド、ライブスペースDEATH BY AUDIO(デス・バイ・オーディオ)を立ち上げ、自身のバンドA Place to Bury Strangers(ア・プレイス・トゥ・ベリー・ストレンジャーズ)として活躍している。
ジョンとポールはCeremony(セレモニー)を結成。その後、ジョンのソロワークとなるとポスト・パンクが色濃い攻撃的なスタイルへ変貌。一方で哀愁轟音シューゲイズを貫くポールはStatic Daydream(スタティック・デイドリーム)として現在活動している。

90年代後期、00年代、10年代とSkywaveの3人が形を変えつつアンダーグラウンド・シーンに与えてきた影響は計り知れない。
彼らの最大の功績はファズ・ストームをアンダーグラウンドの中心で鳴らし、DIY精神を宿した事である。それゆえ、どの時代でも彼らは異端児であり、アートとして存在したのだ。

また、2019年に来日したCeremony(east coast)を生で見て感じた事だが、ノイズとはオーディエンスにとってある種のカタルシスである。
「アイソレーション・タンク」をご存じだろうか?光や音を遮り、エプソムソルトの塩水に浮かぶことで、皮膚感覚・重力感覚を制限した心理療法や代替医療のリラックス設備なのだが、ノイズと音圧により一時的に感覚を遮断され、振動が直接脳に響き、トリップにも似た感覚を体験出来る空間は寧ろそれに似ているかも知れない。

Ceremony – ELECTRIC SHOCK

セカンド・ジェネレーション

エレクトロニカにシューゲイズを取り入れたドイツ、Morr MusicGUITAR(ギター)や、いわゆるエモに近いニューゲイザー(Nu gaze)の出現など、シューゲイズのカンブリア爆発とも言える00年代。
ザ・ペインズ・オブ・ビーイング・ピュア・アット・ハート (The Pains of Being Pure at Heart)が2008年に1stアルバムをリリースして以降、徐々にシーンはインディ・ポップ期へと突入するわけだが、とりわけ00年代後期は名盤が多く、20年代からのシューゲイズ・ファンには、まさに宝の山と言える。(実際にCDやレコードを入手するのは困難ではあるが…)
世界各国でシューゲイズ・リバイバルのセカンドジェネレーションが次々に現れるなか、ファズ・ストームを語るうえで忘れてはならないのがシンガポールのStellarium(ステラリウム)である。

Stellarium – Chocolate & Strawberry

The Jesus and Mary Chain、Skywaveの遺伝子を色濃く受け付いたStellariumはCeremonyDead Leaf EchoRingo Deathstarrなどをリリースしているヴァージニアのインディ・レーベルCustom Made Musicからデビューアルバムをリリースし、アジアにおけるファズ・ストームのパイオニアとしてシーンを牽引した。

2000年代のネオ・サイケデリア

Tame Impala(テーム・インパラ)に代表される昨今のネオ・サイケデリアにはダーク・サイケ、ガレージ・ロックも多く存在する。
その中心にあるのがA Place to Bury Strangersも所属しているイースト・ロンドンを拠点とするインディ・レーベルFuzz Club Recordsである。
The Telescopesや2019年に初来日を果たしたThe Underground Youthなどもリリースしており、シューゲイズ・ファンにも良く知られているレーベルだ。
同レーベル所属のDead Vibrationsにも確実にファズ・ストームの遺伝子は受け継がれており、シューゲイズの可能性を見事に拡張した。

Dead Vibrations – "Swirl" (Official Video)

ファズ・ストームとシューゲイズの未来

先にも触れたが、シューゲイズは多様化が進み、もはやリバイバルでもサブジャンルでも無く、全てのロックを飲み込むモンスター・カテゴリーとなってしまった。
もしかすると、これはSNSやストリーミングサービスの普及によって”来るべくして来たジャンルの崩壊”であり、壊れた壁に付ける名前が他に無かっただけかも知れない。
そんな状況でもファズ・ストームが輝きを失わないのは、それが90年代のオリジナル・シューゲイズに対するオマージュなどではなく、人間の衝動そのものだからに他ならない。

この先、シーンがどのように変化していくのか知る由もないが、我々の愛するノイズ・ポップ、ロックの未来はファズ・ストームが存在する限り明るいだろう。